言語化が正義とされる現代において、身体的な感覚や心の引っかかりは軽視されがちです。しかし、この「もやもや」こそが、見過ごされがちな本質を捉える鍵となります。
プロダクトマネージャーとしてデータに基づき思考する中で、数字だけでは説明できない違和感に直面することがあります。本記事では、この直感を信じることの重要性を考察します。
POINT 01
言語化できない「もやもや」は重要なサイン
データやファクトが重視される現代において、言葉にできない違和感は軽視されがちです。しかし、この「もやもや」こそが、見過ごされがちな本質を捉える手がかりとなります。
プロダクト開発では数字が絶対視されがちですが、ユーザーインタビューなどで感じる「なんか違う」という感覚は、言葉の裏に隠された真実を示唆していることがあります。
経験を積むほど、この言語化できない感覚が的中するケースが増え、単なる直感ではなく、重要な情報源として認識するようになりました。
POINT 02
感覚と情報の非対称性
「もやもや」が言語化できないのは、必ずしも情報不足や思考不足を意味しません。むしろ、言語が捉えきれないほど多くの情報を含んでいる可能性があります。
言語化された情報
- 論理的で明確
- 共有しやすい
- 表面的な理解に留まることも
感覚的な情報
- 情報量が膨大
- 瞬時に全体を把握
- 本質的な洞察に繋がる
POINT 03
直感を無視した結果
言語化できない違和感を軽視すると、後になって思わぬ問題に直面することがあります。これは、身体的なセンサーが発する警告を見過ごすことに他なりません。
STEP 01
違和感の発生
採用面接で経歴・受け答えは完璧だが、なぜか「引っかかる」感覚がある。
STEP 02
違和感の無視
言語化できないため、その違和感を「大したことない」と判断し、採用を決定する。
STEP 03
問題の顕在化
後日、採用した人物が「ブリリアントジャーク」であることが判明し、初期の違和感が正しかったと痛感する。
POINT 04
言語化能力だけが「知性」ではない
現代社会では言語化能力が過度に評価されがちですが、言葉にできない非言語的な知性にも、同等かそれ以上の価値があります。
絵で表現する能力、感情の機微を敏感に察知する力、場の空気を読む力など、非言語的なコミュニケーションは多様な形で存在します。
言語化できないからといって、その価値がないわけではありません。むしろ、まだ発見されていない新たな価値や本質がそこに隠されている可能性があります。
POINT 05
「もやもや」を思考のスタート地点にする
言語化できない違和感を単なるノイズとして捨て去るのではなく、それを思考を深めるための貴重な「種」として捉え、育むことが重要です。
- 01
違和感を伝える
「何か引っかかる」「腑に落ちない」と正直に伝え、周囲にその存在を認識させる勇気を持つ。
- 02
原因を深掘りする
「あの発言が原因か」「あの人の表情から感じた」など、モヤモヤの発生源を具体的に遡り、情報を集める。
- 03
思考を続ける
言語化できない状態でも、その違和感を抱え続け、多角的に考察することで、新たな気づきや常識を超える発想が生まれる。
- 04
未知を受け入れる
「なぜか分からないけどモヤモヤする」という状態も、あるレベルに達したらそのまま受け入れ、内なる声に耳を傾ける。
TAKEAWAY
言語化できない「もやもや」は、思考を深め、新たな発見へと導く貴重な直感であり、それを信じ、探求し続けることで真の洞察が得られる。
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